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スポーツにおけるデータ分析の未来

2020.01.22

デジタル映像のデータ活用が、スポーツそのものを変え始めている
 劇的に進化する撮影技術(8Kや4K3Dなどの高精細画質やドローンによる撮影)や通信技術(5GおよびIoT関連)は、スポーツ界にも変革を導き始めている。

 例えば日本中を熱狂させた2019年のラグビーワールドカップ。試合会場であるスタジアムには実に約100台ものカメラが設置されていた。過去にも多数のカメラを設置して様々な角度からプレーをとらえる試みは、多様なスポーツで行われてきたが、今回は狙いそのものが違う。100台という破格な数のカメラで撮影したデジタル映像を、コンピュータ処理によって3Dデータ化。全方位からプレー映像を再現できるようにしたのだ。これにより、通常カメラの設置など不可能な場所からのアングルからもプレーを見ることができるようになった。

 もしもこうした技術の導入があらゆる競技のあらゆる試合会場で実現されるようになれば、スポーツ観戦の楽しみ方にも格段の広がりが生まれる。そればかりか、プレーする側も対戦チームの分析や選手育成に多大な進歩を手に入れることが可能になる。

 そうした変化が早くも起こっているスポーツがプロ野球。米国のMLBではこれまでにも選手の動きやボールの動きを様々な角度から撮影し、その映像を即座にスタジアム内の巨大ディスプレーやテレビ中継で放映してきたが、近年の映像技術の急激な進化によって「肉眼では見ることの出来なかった映像」さえも我々は簡単に楽しめるようになった。そればかりでなく、デジタル映像のデータをプレー分析に用いるチームも増え始め、従来のセオリーを覆す事実が判明してもいる。典型的な現象が「フライボール革命」だ。

 映像分析によって時速200キロ近いプロ野球選手の打球速度や角度さえも数値として明らかにすることができるようになったことから、先見性のあるチームではこの速度と角度、さらには打球の飛距離を組み合わせて分析する動きが起こった。そうして判明したのが「フライを打ち上げるような軌道でバットを振ったほうが、打球は遠くまで飛ぶ」という科学的事実。少しでも野球に関心を向けてきた者ならば誰もが驚愕する新発見だ。なぜならそれまでバッティングの王道は「ボールを叩きつけるように打つべし」であり、「フライを打ち上げるようなアッパースイングをしていては好成績を残せない」というのが絶対的なセオリーとして長年根づいていたからだ。こうして「フライボール革命」はトレーニングのやり方や打者の育成、実戦での戦略に至るまでを大きく変え始めている。当初この「革命」には懐疑的な声もあったが、現実の成果としてホームラン数の急増が確認されたことから、MLBのみならず日本の球界でも「革命」に基づく取り組みが本格化している。

データを重んじ、統計的な解析を信じることで戦術もまた変わる
 ではスポーツ界における「データ」とは、もともとどういう存在だったのだろうか。世界中の人々に愛されているスポーツの大部分は得点数を争う競技である。当然そこでは「得点」という「データ」すなわち数値が何よりも重視される。勝敗を決めるものである以上、当然のことではあるが「得点を相手よりも多くあげるにはどうすれば良いのか」を人は考えるようになる。「厳しい鍛錬に耐え抜けば良い」という根性論的な視点も無意味ではないだろうが、科学や技術の発展がスポーツ界にもメスを入れ始めた。

 現在のようなテクノロジーがない時代にも、野球で言えば安打数や投球数、サッカーやバスケットボールで言えばアシスト数、パス回数、ボール保持率などの比較的単純なデータが、肉眼と地道な手作業によって徐々に記録されるようになっていった。そしてそれらのデータと勝敗との関係性を分析していく中で、「勝利の方程式」的な指標が発見されていった。例えば野球なら「このピッチャーは100球以上投げるとパフォーマンスが落ちるから、なるべくたくさん球を投げさせて打ち崩そう」であったり、サッカーならば「このチームの得点はあの選手のアシストからほとんど生まれているから、彼を徹底的にマークしよう」であったり、という具合だ。

 勝利にかける情熱は競技関係者や選手たちをさらに突き動かし、「もっと細かなデータ分析をすれば、新しいセオリーが見つかるはず」という流れが生じる。プレーヤーやコーチとは別のアナリスト的な存在が試合に同行するような現象も、数々の競技で起こり始める中、劇的に進化するIT技術を採り入れて、本格的なデータ分析に取り組むところも増えていくことになった。スポーツとテクノロジーとアナリティクス。その連携が勝利をもたらすのだということを世界に知らしめた1つの出来事が、2000年代の初頭にMLBで起きた。資金力のなさゆえに弱小球団のレッテルを貼られていたアスレチックスの快進撃だ。弱者が強者を倒す痛快さに人々は熱狂したが、同時にセイバーメトリクスと呼ばれるアスレチックスのデータ解析重視の戦術もまた大いに注目され、この出来事を描いた映画『マネー・ボール』も大ヒットしたのである。

究極の未来は「判断」の数値化にあり
 その後、野球界に定着したセイバーメトリクスは、従来は看過されていたデータに注目したり、複数の異なるデータを組み合わせた解析によって選手の能力をより詳細に評価したり、という多様なアプローチを通して勝率の向上に深く関わっている。有名なものではOPS(長打率+出塁率)というものがあり、現代のMLBでは選手の打撃力を表す指標として使われているのだが、これまた「フライボール革命」同様に既存のセオリーを覆し始めている。かつての勝利の方程式では「有能な打者は4番打者」が常識とされ、誰一人として疑いの目を向けていなかったのだが、選手のOPSと打順と勝利数の連関性をデータ解析したところ「最もOPSの高い選手を2番打者にした方がチームの勝率は高い」ことが判明。近年、ほとんどのチームが最強打者の打順を4番ではなく2番に据えるようになっている。

 IoTの進展も相俟って日々進化するセンサー領域のテクノロジーもまたスポーツに影響を与えており、今では選手のフォームや身体にかかる負荷の量までがデジタルデータとして計測可能。医学やスポーツ力学あるいは物理学まで持ち込んで、より効果的なトレーニングメニューや、より戦闘力のある肉体改造などにまで影響は及んでいる。「行動」の結果であるデータばかりでなく、「行動」そのものであるプレーや、それを司る身体までもデータ化し、解析を重ねていく。これこそがスポーツにおける未来。あらゆるものを数字(データ)でとらえ、思い込みや過去の常識にとらわれない実態を明らかにしながら今後も発展していくだろう。動きを計測する装置や分析ツールが普及していけば、それまでデータ分析に注力していなかったスポーツや、規模の小さいチームでも新たな戦術が試されるようになり、選手の能力アップももたらし、さらなる競技レベルの向上が見込まれる。

今後必要となること
 ただし、まだまだ科学と技術の力が及んでいない領域がスポーツにはある。どんな競技にも不可欠とされる「判断」という部分だ。監督の采配や選手の判断は各々の感覚や経験に基づく「勘」で行われていることが多い。スポーツで唯一数値化が完了していない部分である。

 もちろん、何らかの指標を設けて対戦相手の「判断」部分まで数値として捉えることができれば、勝利に近づく戦術を取れるようになるだろう。また、自チームの選手の判断力を鍛えるトレーニングを生み出すこともできるかもしれない。しかし「判断」という行為は、選手の運動能力や基本的な戦術のように映像から取得できるものではない。個人の内面に起因するものゆえにデータ入手の難易度は非常に高い。おそらく、従来のような映像からの分析ではなく、心理的な側面、過去の経歴、性格からの分析が必要になるだろう。

 言ってみれば、スポーツのデータ分析における最後の壁が「判断の数値化」。様々な難関を乗り越え、心因性の高い「判断」を数値としてとらえられる日が来れば、新たな革命が起こるに違いない。