今が旬のクラウドサービス。なのにそのセールスが難航する“ワケ”
2020.06.01
まずは、タクシー広告にBtoBサービスのCMが氾濫している“ワケ”から
日本における携帯電話端末の契約台数はすでに2億台を突破。しかもその8割はスマートフォンであり、人口の2倍近くまで普及をしていることになる。企業が広告戦略を考える上で、インターネットを介したスマートフォン上のマーケティング施策の重要度は、今さら言うまでもないところだ。
電通が今年3月に発表した「2019年 日本の広告費」(※リンク https://www.dentsu.co.jp/news/release/2020/0311-010027.html)では、ついにインターネット広告費がテレビメディア広告費を抜いてトップに立ったことが明らかになったものの、多くの人はさして驚きもなくこの事実を受け止めたはず。サイバーエージェントが昨年12月に発表した2019年の国内広告の市場調査(※リンク https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=24125)では、動画広告の伸びが顕著であることも示されたが、これもまたYouTubeやSNSで広告遭遇体験を持つ生活者にとってみれば、すでに肌感覚で得ていた傾向をデータが裏付けたに過ぎない。「スマホを介して動画の広告を見る機会が今後も増えていくのだろう」という確信的予感は誰の胸にもある。
しかし、スマートフォンはあくまでも端末機。どんなメディア、コンテンツ、サービスを利用するかはユーザーの選択に委ねられる。そこでにわかに脚光を浴びることになっているのが交通広告。おなじみの紙による車内吊り広告を筆頭に、交通機関の空間は昔から広告チャネルの1つとして存在していたが、ここへきて列車やタクシー車両の多くに動画放映可能なデジタルデバイスが普及したことで、一躍「貴重な動画広告チャネル」として注目を集めている。さらに、テレビへの広告出稿とは比較にならない低価格で動画CMの制作から配信までを請け負うベンチャー企業も乱立し、盛況ぶりが加速。スマートフォンと違い、乗客による選択の余地はなく、必ず目にしてもらえる特性もあるため、スマホにおける戦略と違ってシンプルに捉え、素早く着手できる。
とりわけタクシー車内に設置された乗客向けデバイスには多数のBtoB企業のCMが放映され、この1〜2年で大いに話題を呼んだ。「タクシー利用者の多くがビジネスパーソン」だという市場性により、不特定多数の消費者を狙うBtoC企業よりもBtoB向けサービスを提供する企業からの注目を集めたのである。そんなワケで「日常あまり知ることのなかったBtoB企業やそのサービスをタクシーで初めて知った」という人が続出するに至った。
早くも迎えた曲がり角。「広告で認知度は上がったものの、かんじんのサービスの売れ行きが頭打ち」のワケ
タクシーや列車内で動画CMが繰り返し放映されることによって、これまで多くの人に知られることのなかったBtoB企業は、その認知度向上に成功している。コーポレートブランディング上はこれで良いのだろう。だが今、気がかりな声も高まりつつある。かんじんの業績が思ったほど伸びていない、というのだ。識者によれば、「売上が30%以上の伸びを示したところもあるが、それは一部企業だけ。あとは当初の話題性で伸びた売上も、その後は失速気味」とのこと。「CMを打つだけで売れるわけがない」と片付ける向きもあるだろうが、当の企業からすれば、「せっかくマーケティング戦略で多くの新しいニーズにリーチできたというのに、なぜ売れていないんだ? 営業は何をしている」となる。そう、まさしく営業にこそ問題があるのだが、それにもちゃんとワケはある。
タクシーなどで目にした企業CMを思い出してみればわかるが、その多くは「クラウドサービス」をアピールする内容だ。「このアプリを使えば、いつでもどこでもタクシーを呼び出せます」「このツールを導入すれば、御社の経費精算業務が効率化できます」「名刺データを企業戦略に活かします」「人事戦略を見える化します」……等々。大部分がSaaS(Software as a Service)と呼ばれるものであり、AWSやGoogleのクラウドプラットフォームとつながったソフトウエアやアプリを通じた自社サービス、つまり「クラウドサービス」の告知CMなのである。ではなぜBtoB向けクラウドサービスは、CMで認知度を上げてもたやすくは売れないのか? 「ゲームをはじめとするコンシューマ向けのソフトウエアやサービスは売れているじゃないか」という気持ちにもなるだろうが、そこにはBtoBゆえのワケがある。
個人に向けたサービスであれば、CMでインパクトを残し、「無料でお試しを」と誘導することで一定の成果につながる。しかし、法人組織である企業が1つの新しいサービスを導入するとなれば、組織内での意思決定プロセスが関わってくる。しかも個人の判断で「お試し」をしてもらえて、なおかつそこでUX(ユーザー体験)を体感してもらえるBtoCサービスであれば、モノさえ良ければ売れていくのだが、BtoBの場合は「じゃあ、ウチの会社にそのサービスを導入したら、具体的にどうなるのか」がわからなければ動き出さない。「魅力的なモノ」だということがわかり、興味もわいたけれど、結局ウチが導入したら「どういうコト」が可能になるのか教えて欲しい……すなわち、コトを教えてくれる存在が必要であり、営業職の出番がやってくる。
「結局、営業職がダメだから売れていない、ということじゃないか」と決めつける前に、知っておかなければいけない重要なポイントがここにはある。クラウドサービスのセールス局面では、「モノ売り」と「コト売り」の双方が求められる、という基本を多くの経営陣が見落としているからだ。
「モノ売り」×「コト売り」という鉄則。これを見失った時、売上の失速が始まる
インターネットを介した顧客接点の増大もあって、営業の世界では今、そのアプローチの違いによって「インサイドセールス」と「フィールドセールス」とに分けて考えることが浸透し始めている。インサイドセールスは文字通り、非対面による問い合わせ対応やアポイントの取得がメインとなる。一方、フィールドセールスは対面によるプロダクトおよびサービスの説明が主であり、クロージングに至る責任もまた問われるケースが多くなる。
モノ売りであろうと、コト売りであろうと、インサイドセールスとフィールドセールスの双方が不可欠ではあるが、クラウドサービスのようにモノとしてのソフトウエアをアピールしつつ、このモノが提供するサービス、すなわちコトを伝え切る必要もあるため、よりフィールドセールスにおけるアプローチの綿密さが問われることになる。要は、モノあるいはコトのいずれかを売れば良いのなら、それらのセールスポイント、つまりベネフィットを伝えた結果、相手のニーズとそのベネフィットがマッチすれば商談は成立する。だが、とりわけBtoBにおいては、相手のニーズも「成熟度」も様々に異なる。フィールドセールスの担当者は、単にベネフィットの伝達者で終わるのではなく、相手のニーズを引き出し、そのうえで自社プロダクト(あるいはサービス)がもたらすベネフィットとを結びつけていく役割を果たさなければいけない。
特に「成熟度」にどうか着目してほしい。「おたくのこのサービスを使って、こういうことがしたい。それって可能なの?」という問いかけに対し、「はいできます」と答えられるだけでは受注につながらないケースが多いのだ。そのワケの大部分が「相手の成熟度」の問題。例えば、今どきであれば「AIを活用してこんなこともできちゃいます」という売り文句をCMやセールス開始時のトークで使えば、かなりの確率で関心は持ってもらえる。しかし、その機能を用いて顧客企業が望む成果につなげようとした場合、ある程度AIについての習熟度が社内人材にあり、連携すべきシステムやデータベース、あるいは組織や制度が備わっていなければ、宝の持ち腐れになりかねないのである。
BtoBのクラウドサービスが、「注目はされたものの、その後の売上が失速しがち」となるワケはここにある。クラウドサービスは「モノ売り」×「コト売り」の営業が求められる新しい市場であるにもかかわらず、旧態依然の「熱意で頑張る」「足繁く訪問して詳しく説明する」「相手のニーズを親身になって聞き出す」だけのセールスでは、結果につながっていかない。かといって、まさにタクシー広告で頻繁に目にする某企業の「ヒラメ筋を使って、脚で稼ぐ営業は終わりました。これからはネットを通じて」という手法だけでうまくいくわけでもない。顧客企業のニーズはもちろん、成熟度も知り尽くした上で、自社のベネフィットとの間に距離や温度差があった場合、どう展開していくか。それを心得た営業職だけが勝利する市場なのである。最優先で必要なのは、ヒラメ筋でもネット活用でもない。全社レベルでのシナリオの創出。それがクラウドサービス隆盛時代におけるセールス現場の最優先課題といえる。
シナリオとはすなわち、個別の顧客企業目線からカスタマージャーニーを実施し、「その企業が自社製品(サービス)をこう活用して、ベネフィットにつなげた」というゴールを描いた上で、そこまでの過程を逆算して導き出したストーリーのこと。当然のことながら企業毎に異なるニーズや成熟度もシナリオには絡んでくる。効率重視というイイワケを持ち出し、従来型の画一的なセールスアプローチや、SFA等のツール利用に逃げるのではなく、個々の営業職がいかにシナリオ策定とその実行を展開できるかにかかってくる。売上失速の「ワケ」を解決するには、マネジメント層および経営層がこの発想を営業組織に徹底する他ない。これがモノ売り×コト売りの鉄則。精神論やツール依存、ネット依存から脱却できるか否かが多くの企業に問われていくだろう。